3月 法話会
講師に 新 康紀様をお迎えしお話を頂きました。
「名のりを聴く」
〜出逢いから気付いたこと〜
四十八願(しじゅうはちがん)
「無量寿経」に説く、阿弥陀仏がまだ法蔵菩薩として修行していたときに仏になる条件として立てた四八の誓願。
その中の、17願「諸仏称名の願」
「仏は元々仏であるはずなのに、皆が私の名を呼ばないと私は仏にはならない」
新さんがその意味を身をもって体現されたお話です。
離れ離れに暮らしていた息子が大学生になり、いよいよ得度式を行うという事で、その付き添いの依頼がありました。
離婚して18年、一度も会う事も連絡を取ることをしなかった私には会う資格がないと一度はお断りしたものの、息子の方から大切な得度式に付き添ってほしいと言ってきてくれたのだからと、もう一度ゆっくりと考えて了承することにしました。
奇しくも7月7日の七夕。18年ぶりの再会。
息子も20歳になっており、2人で酒を酌み交わしながら話をしていますとふいに息子が
「お父さん」
と言うのです。
私は「トイレに行くから」と席を立ち、トイレにこもりしばらく号泣していました。
2歳で息子を置いて出て行った自分には父親の資格は無いと思っていました。けれどその息子が「お父さん」と呼んでくれた。
名前を呼ばれる事によって生まれる感情がある
17願の「諸仏称名の願」の意味するところを感じれたように思ったのです。
皆さまもどうか普段お唱えしている
「南無阿弥陀仏」
の深い意味は分からずとも、ただお唱えするだけでお教え頂いていることがとても多くあると思って念仏をお唱えくださいませ。
合掌
新 康紀様
大切なお話をありがとうございました。
皆さまが喜ばれる法話会
お経を唱える事や法話を聞く事で利用者様の不安が軽くなり、あたたかい笑顔が増えますように…
4月はお休みを頂きまして、次回は5月の開催となります。
ウェリナ 森下